松山地方裁判所 昭和33年(行)2号 判決 1959年3月06日
原告 高辻正義
被告 宇和島市長
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告が昭和三〇年一月一三日別紙目録記載の土地に対してなした換地予定地変更指定処分は無効なることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、
(一) 被告は、特別都市計画法第一条第三項にもとずく、昭和二一年一〇月九日内閣告示第三〇号により指定された宇和島市における土地区画整理事業の施行者であり、原告は、別紙目録(一)記載の土地を、右施行地区内に所有しているものであるが、被告は、土地区画整理のため、特別都市計画法第一三条により、原告所有の右土地に対し、別紙目録(二)記載の土地を換地予定地として指定し、昭和二七年二月二六日別に使用開始の日を指定することなく、その旨原告に通知した。よつて原告は、右換地予定地の使用収益権を取得し、将来右換地予定地がそのまま換地になることを期待して同地上に家屋の建築を計画していた。
(二) しかるに被告は、昭和三〇年一月一三日原告に対し、前記換地予定地を別紙目録(三)記載の土地に変更指定し、その頃原告は、被告の右指定通知を受領した、
(三) もとより換地予定地指定処分は、絶対の確定ではなく、換地指定のなされるまでの暫定的措置であるが、処分庁において自由に変更できるものではない。けだし権利利益を設定する処分については、その権利利益を保護し、法的安全を保障する見地から、その処分によつて当事者のために生じた実体的権利に不可変更力を認めるのが通常だからである。したがつて、換地予定地指定処分を変更するためには、指定処分の基礎になつた事情の変更により、より大なる公益上の必要が生じた場合に限り許されるものである。
(四) しかるに、被告が原告に対し右のごとく変更指定処分をするに至つたのは、本件換地予定地の南側隣地丸之内一番地の一の土地所有者である訴外山田禎一が、本件変更指定により原告の換地予定地から削減された別紙図面(イ)(リ)(チ)(ト)(イ)の各点を順次直線をもつて結ぶ範囲の土地三坪六合九勺につき所有権を主張し、これを同訴外人の換地予定地に編入指定しなければ、同訴外人の換地予定地指定に伴う家屋の移動に応じない旨被告に陳情して家屋を移転しないので、道路工事が二、三ケ月も遅れ、都市計画事業が遅延したため、被告は、右訴外人の陳情を容れて漫然と右変更指定処分をしたのである。
したがつて、被告の原告に対する変更指定処分には、何ら合理的な理由も公益上の必要もないのに、故意に原告に不利益になされたものであるから無効であると述べ、
被告の主張に対し、
(1) 被告は、原告と山田禎一の各従前地の減歩率に差があり、その是正のために変更指定処分をしたと主張するけれども、
(イ) 被告は、原告の従前地を六九一坪一合五勺、山田の従前地を一、〇五三坪三合五勺とそれぞれ実測しており、被告の換地予定地指定通知による換地地積は、原告が五六五坪二合二勺、山田が八四〇坪一合八勺であるから、両者の減歩率に差はない。
(ロ) 仮に減歩率に差があつたとしても、その差は原告と山田の間に著しい不公平を生ずるような差ではなく、しかもその差は金銭補償により是正しうるし、また原告の従前地には焼残りの建物があつたので減歩率を低くしなければならね特別事情があり、山田の従前地は南及び西の両側に道路ができた関係上、減歩率を高くしなければならない特別事情があつたのである。
したがつて、減歩率の差をもつて本件換地予定地指定処分を爾後に変更しなければならぬ特別事情であるとは解しえない。
(2) また被告は、右三坪強の土地の変更指定により、戦災復興道路工事の進行を円滑になしうることは、公益上の必要であるというけれども、山田の家屋移転については、被告として他に法的手段を講ずる道があるにもかかわらず、適法な処置を採らず、濫りに原告の権利を侵害することは、公の権威に関することであつて、公益にもとずきなされた処分であるとは到底考えられないと述べた。(証拠省略)
被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実のうち、
(一)につき、原告が換地予定地上に家屋の建設を計画していたとの事実を否認し、その余の事実は認める。けだし原告には当時家屋建築のの資力がなかつたのみならず、原告が本件変更指定処分により削減された部分を含む地域に、現在家屋を建築中であるが、これは建築無許可のものであり、本訴提起直前に建築に着手したに過ぎないものであるからである。
(二)の事実は認める。
(四)の事実は争う。
と述べ、
なお、被告が本件変更指定処分をしたのは、山田禎一の換地予定地とその従前地の減歩率が、原告の換地予定地とその従前地の減歩率に比して大きかつたので、その均衡をはかるためと、宇和島市都市計画促進をはかるためであつた。すなわち、
(一) 山田の従前地は、二面が道路に接し、原告の従前地は一面が道路に接しているにすぎず、そのため道路敷地に収用せられる従前地上に建築せる家屋の坪数においても、山田は原告の坪数の数倍にあたり、山田は家屋を移転する必要が生じた。このように両者には減歩条件に差があるばかりでなく、その減歩率の差は、
従前地地積
換地予定地地積
減歩率
原告
六〇〇坪〇八
五六一坪五三
六分四厘
山田
一、〇七三坪九一
八四〇坪一八
二割一分七厘
であつた。
(二) 更に当初の指定後において戦災復興道路工事が進行せず、右山田従前地の道路敷地該当部分の家屋を切り取るか、また至急他に移転する必要に迫られ、右指定後著しく事情の変更を来たし、原告の換地予定地のうち、城山に接して日当りも悪く使用価値の乏しいわずか三坪強の土地の変更指定により、前記工事が円滑に進行し、街路の貫通、市街地形態の整備並びに交通の円滑と事故防止等の公益を実現しうる情況にあつた。
被告は、以上の事情を考慮し、公益のため、土地区画整理委員会の意見を聞いたうえで、原告に対する本件変更指定処分をしたのである。なお、山田の家屋移転につき被告が行政代執行の手段に出なかつたのは、それが行政上の最後の手段であり、その発動をまつまでもなく、右処分によりその目的を達しうるからである。したがつて、被告が原告に対してなした変更指定処分は適法であると述べた。(証拠省略)
理由
被告は、特別都市計画法第一条第三項にもとずく昭和二一年一〇月九日内閣告示第三〇号により指定された宇和島市における土地区画整理事業の施行者であり、原告は、別紙目録(一)記載の土地を右施行地区内に所有していること、被告は、土地区画整理のため、特別都市計画法第一三条により、原告所有の右土地に対し、別紙目録(二)記載の土地を換地予定地として指定し、昭和二七年二月二六日別に使用開始の日を定めることなく、その旨原告に通知し、原告は、右換地予定地の使用収益権を取得したこと、ところが被告は、昭和三〇年一月一三日原告に対し、前記換地予定地を別紙目録(三)記載の土地に削減して変更指定し、その頃原告に対し右変更指定の通知をしたことは、当事者間に争のないところである。
しかして、右にいわゆる変更指定処分は、被告の原告に対する当初の換地予定地指定処分の一部撤回と解すべきところ、換地予定地指定処分は私人に権利利益を附与する行政庁の処分であるから、これが撤回には法の根拠を必要とすると解すべきであるに拘らず、これを許容する明文の規定は存在しない。しかし、特別都市計画法による土地区画整理は、戦争で災害をうけた市町村の区域における公共の安寧の維持または福利増進のためになされるものであり、その実現の一段階として、同法第一三条は、土地区画整理の施行者である行政庁に対し、換地予定地指定処分をなしうる権限を附与しているのであり、これにもとずき行政庁は、換地処分の前提として、土地使用に関する仮の私法秩序を形成する換地予定地指定処分をなしうるのであるから、一旦右処分をなした後でも、もしより大なる公益実現のため必要がある等の特別の事情があれば、行政庁において、その処分を撤回することも、右権限内の処分として是認せられるものと解するを相当とすべく、原告のこの点に関する法的見解も結局右の趣旨と解される。
そこで原告は、被告のなした右変更指定処分は、右のごとき何ら特別の事情も必要もないにもかかわらずなされたものであるから無効であると主張し、被告は適法の処分であると抗争するので、この点につき判断する。
成立に争いのない甲第一・二号証、同第三号証の一部、同第五・六号証の各一・二、同第七号証ないし同第一〇号証、証人中尾高一の証言により真正に成立したものと認める甲第四号証に、証人大塚博、同木原政市、同重谷武男、同吉田繁の各証言及び同清家巖の証言の一部並びに検証の結果を綜合すると、原告の従前地の実測面積は、六〇三坪三合七勺であり、被告は、これに対する換地予定地として当初五六五坪二合二勺減歩率(六分三厘)を原告に指定した結果、原告は、道路敷地に収用せられることになつた従前地上の建物(床面積七坪余)を、指定をうけた昭和二七年に移動したのであるが、当時、訴外山田禎一は、原告の従前南側に実測面積一、〇七三坪九合五勺の宅地を所有していたところ、これに対し、三ケ所に分散して(但し一部は同地換地)、合計八三六坪四合九勺を換地予定地として指定され、その減歩率は二割二分であつたこと、しかして、宇和島市における従前地の減歩率の一般的標準は、ほぼ従前地三〇〇坪まで一割六分、六〇〇坪まで一割九分三厘、一、〇〇〇坪まで二割一分七厘と定められていたのであるが、原告の従前地は、西側だけが道路に面していたこと、場所的にそれ程多く道路敷地として収用する必要がなかつたこと、また原告の従前地のように、焼残りの建物の存在した土地の減歩には、特別の考慮が払われる方針であつた関係上、右標準減歩率に比し僅少の減歩ですんだのであるが、他方右山田の従前地は、南及び西の両側が道路に面していたため、道路敷地として収用される範囲も広く、標準減歩率に応じた減歩がなされるに至つたこと、その結果、山田の家屋は、道路敷地として収用される従前地上に床面積九〇坪をはみ出すこととなり、家屋を移動しなければならない情況にあつたところ、山田は、昭和二八年頃訴外清家巖を通じて被告に対し、原告の換地予定地のうち本件変更指定処分により削減された三坪六合九勺は、山田の従前地の一部であると称して、その返還方を陳情し、被告がこれに応じなければ、右家屋の移動をしないといつて、被告の家屋移動要求に応じなかつたため、被告は、その附近の道路工事が進行しないのを苦慮した挙句、昭和二九年五月七日開催の土地区画整理委員会に山田の右陳情を付議したところ、同委員会は、右陳情を容れ、山田に該土地部分を追加指定することを被告に勧告し、被告は、これにもとずき原告に対し、前記換地予定地変更指定処分をすると共に、右山田に対し、該部分を換地予定地として追加指定し、よつて山田は昭和二九年八月頃家屋の移動を完了したこと、なお、原告の換地予定地のうち、右変更指定により削減された部分は、城山に接して日当りも悪い場所であるが、そのうちの一部は、原告の、また残部は、訴外護国神社の、いずれも従前地の一部であることが認められ、右認定に反する甲第三号証の記載部分、並びに証人清家巖の証言部分はいずれも措信せず、他に右認定を覆えすに足る証拠は存在しない。
以上認定の事実によると、被告が原告に対してなした本件換地予定地変更指定処分は、公益上の必要にもとずきなされたものと解し得ない。なる程、行政代執行法第二条によれば、行政代執行の発動には厳格な要件が付されており、他に義務履行確保の手段があれば、それに従うことを要求しているけれども、本件のごとく、前認定の事情のもとに、一旦私人に与えた権利利益を剥奪する方法をもつて、右にいわゆる義務履行確保の手段とはなしえないのであり、被告は、その点の方途を誤つたものというほかない。したがつて、被告が原告に対してなした前記変更指定処分は、瑕疵があるものというべきである。
ところで、原告は、右変更指定処分は無効であると主張するけれども、行政処分が無効とされるためには、その処分に内在する瑕疵が重要な法規違反であると同時に、右瑕疵の存在が外観上明白であるばあいにかぎられ、その他の瑕疵は処分の取消原因にとどまるものと解するを相当とする。
これを本件についてみるに、被告に対しては、前記のような変更指定処分をなす権限が全然認められない訳ではなく、前記説示のように公益上の必要がある場合には、変更指定処分をなす権限が認められているのであり、前認定の事実及び証人木原政市、同重谷武男の各証言を綜合すると、被告は前記変更指定処分をなすに当り、かかる変更処分をすることが公益上必要であり、且つやむを得ない措置であるとして、その処分をしたことが窺われるのであり、該処分が違法であつたことは、前記認定のとおりであつて、被告としてはその裁量を誤つたことに帰するが、右のような状況のものでは、右変更処分当時、その変更処分が違法であることが、しかく明白であつたと断ずることはできない。そうすると右変更処分は、当然に無効であるとはいえないから、行政事件訴訟特例法第二条による訴によらなければその効力を争い得ないものというべきである。しかも本訴は、右処分取消訴訟としての訴の提起期間を経過しているのであるから、結局原告の本訴請求は理由がないことに帰する。
よつて原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 木原繁季 谷野英俊 石田真)
(別紙目録)
(一) 宇和島市丸之内一ノ三
同所 一ノ三〇四
同所 一ノ三〇五
宅地合計六〇〇坪八勺(公簿面積)(但し別紙図面ヌ、ル、オ、ワ、ヌの各点を結ぶ線で囲繞された範囲)
(二) 二六九ブロツク二六九ノ二〇 宅地五六五坪二合二勺
(但し別紙図面イ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、イの各点を結ぶ線で囲繞された範囲)
(三) 二六九ブロツク二六九ノ二〇 宅地五六一坪五合三勺
(但し別紙図面リ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リの各点を結ぶ線で囲繞された範囲)
以上
図<省略>